ユニバーサルエンターテインメントが「オカダマニラ擁する統合型リゾート事業の上場」を実現するために、提携相手として選んだJason Ader(=ジェイソン・エイダー)氏。彼はこれまで、「ホスピタリティ産業とゲーミング業界のスペシャリスト」「ラスベガス・サンズの元取締役」などといった肩書きで自らを売り込んできましたが、実のところとんだ食わせ者だったのかもしれません。ジェイソン・エイダー氏率いる26 Capital社と、ユニバーサルエンターテインメントグループが上場スキームに関連して争うことになった訴訟では、米国の規制当局も注目しそうな、信じがたい実態が明るみになりました。
ひた隠しにされてきた「裏取引」
ジェイソン・エイダー氏といえば、自らが率いる特別買収目的会社(=SPAC)の26 Capitalを通じて、ユニバーサルエンターテインメントの思い描く上場プランに手を貸すはずだった人物です。しかし、どうも彼とユニバーサルエンターテインメントは、当初から同床異夢にあった疑いがあります。
どうしてこんなことを指摘するかといえば、彼にはこれまでひた隠しにしてきた秘密があったためです。次の図をご覧ください。
言及したいのは、ユニバーサルエンターテインメントグループが26 Capitalと上場に関する手続きを進めようとしていたさなか、ジェイソン・エイダー氏はこんな取引を実行していたという事実です。掲載した図をご覧になるとわかるように、彼は人目につかない陰で、自身の保有する26 Capitalのスポンサー株式とワラントを、すでに第三者に譲渡していました。
これまでにも当サイトでは、ジェイソン・エイダー氏とZama Capitalとの間で、26 Capitalの株式にまつわる裏取引があったことをお伝えしていましたが、あれはふたつあるうちの片方に過ぎなかったのです。
ジェイソン・エイダー氏とZama Capitalのやりとりについては、下記の記事で詳しく取り上げています。
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「オカダマニラ上場」を約束したパートナーシップに亀裂 その根幹にあるモノ
米国ナスダックに上場する26Capital社をパートナーにすえて、「オカダマニラ擁する統合型リゾート事業の上場」を実現するはずだったユニバーサルエンターテインメントのプランは、幻に終わりそうです。この ...
裏取引の概略

ユニバーサルエンターテインメントグループが米国のデラウェア州裁判所に提出した反訴状の文面
- ジェイソン・エイダー氏はまず、2021年7月にZama Capitalと取引
- 米国ナスダック市場に上場する26 Capitalのスポンサー株式400万株とワラント450万個を渡す代わりに、450万米ドルを受け取った
- 2021年10月に26 Capitalとユニバーサルエンターテインメントが上場スキームで合意し、契約を済ませると、まもなくしてジェイソン・エイダー氏はかねてから投資関連の契約を結んでいたMcPike Global family Office(=通称「MGFO」)に、SPACに関する投資を提案
- 当初この提案では、PIPE投資を検討するための資料がMGFOに送付されたが、最終的には
- (MGFO傘下の)Rimu Capitalは、26 Capital Holdings LLC(≒ナスダックに上場する26 Capital Acquisition Corpとは別物)に2500万米ドルを投資する
- Rimu Capitalは26 Capitalのスポンサー株式250万株と、同社のワラント250万個を受け取る
といった内容の取引がなされている
- ただ、Rimu Capitalの契約とZama Capitalの契約で決定的に異なるのは、Rimu Capitalを傘下におさめるMGFOがジェイソン・エイダー氏からだまされるようにして契約に至ったこと
- MGFOおよびRimu Capitalによれば、Rimu Capitalから支払った2500万米ドルは「(26 Capitalがユニバーサルエンターテインメントグループと)合併するための資金」だとジェイソン・エイダー氏から説明を受けていたのに、あとになってそうではなかったことがわかったという
- これを理由に、2023年6月になってからRimu Capitalは、ジェイソン・エイダー氏と彼の関連法人に「不正に誘導された」「詐欺行為があった」として、ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所で訴訟を提起している

Rimu Capitalが提出した訴状の文面
Rimu Capitalからの提訴については、Bloombergも報じています。
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Rimu Capital Accuses Adviser of Fraud, Self-Dealing $25 Million
Rimu Capital Ltd. accused an investment adviser of fraud and self-dealing using a plan that involved ...
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26 Capital Acquisition Corpと26 Capital Holdings LLCについて
「26 Capital Acquisition Corp」はナスダックに上場するSPACであり、ユニバーサルエンターテインメントと上場スキームで合意した法人。一方、「26 Capital Holdings LLC」は26 Capital Acquisition Corpが上場するにあたって出資したスポンサーで、こちらは(公表済みの書面によると)「ジェイソン・エイダーが最終的に支配するもの」とされている。この記事では似たような法人名が並び、その結果混乱を招きそうなので、念のため法人それぞれを明確にしておく。なお、当サイトでは便宜上、ナスダックに上場するSPACを「26 Capital」と表記している。
Rimu Capitalとは?
Rimu Capitalは、バハマに拠点をおくMcPike Global family Officeの傘下にある法人。Rimu Capitalは、ジェイソン・エイダー氏が代表を務めるSpring Owlグループと2018年8月に投資顧問契約を締結してから、資産の運用を彼の会社に頼ってきた。
「PIPE投資」とは?
PIPEとは「Private Investment in Public Entities(=公開株式への私募投資)」の略称。つまり、裏取引について説明するなかで言及した「PIPE投資」とは、投資会社が私募増資を引き受け、特定の企業に出資することを意味する。SPACを用いた上場では、SPACの普通株式を持つ株主たちが株式の償還を希望した場合、上場を通じて資金を調達するつもりだった企業(≒このケースでいえば、ユニバーサルエンターテインメントグループ)が、十分な資金を得られなくなる、といったことも考えられるが、PIPE投資にはそういったリスクがない。当事者間で契約さえまとまれば、確実に資金を調達できるというのがメリット。したがって、ジェイソン・エイダー氏のやったことについては、ユニバーサルエンターテインメントグループの資金調達を妨げ、彼個人が横取りした、という見方もできる。
- なお、これら裏取引の存在が明るみになったのは、2023年2月以降、上場スキームに関連した訴訟(=リンク先の訴訟(A)と(B)に該当)で26 Capitalとユニバーサルエンターテインメントグループが争うようになってから
- 裏取引の中心人物であるジェイソン・エイダー氏は、それまでこういった実態についてずっと口をつぐんでいた
- 26 Capitalはナスダックに上場する法人なので、本来ならこういった株式の譲渡があったとき、その事実を適時公表しなければならない
- しかし、ジェイソン・エイダー氏はこの原則を守っていなかった
- 一連の行動は「投資家を欺く行為」と判断されかねないものなので、これからこの件に米国の証券取引委員会などが着目することも考えられる
合計2950万米ドルはいまいずこ?
Zama Capitalから支払った450万米ドルと、Rimu Capitalから支払った2500万米ドル=合計2950万米ドルのうち、2800万米ドルについては、2021年12月10日ごろジェイソン・エイダー氏個人に渡ったことが各種の訴訟を通じて判明した。もともとRimu Capitalには「投資」だと持ちかけて支払わせていた資金なのだから、ジェイソン・エイダー氏のやったことは問題になると考えられる。
取引は滞りなく済ませた……が
はたから見て興味深いのは、ジェイソン・エイダー氏がこれらの取引を済ませたタイミングでしょう。彼は、26 Capitalとユニバーサルエンターテインメントグループが合意に至る前後にこれらの取引を実行していました。ひょっとしたら彼は、当初からユニバーサルエンターテインメントグループとのパートナーシップを踏み台にして、手っ取り早くひと稼ぎすることだけを目的にしていたのかもしれません。
26 capitalがナスダックに上場するのに先立ち、25000米ドルを投じて手にしたスポンサー株式と、700万米ドルを投じて手にしたワラント。それらがあっという間に合計2950万米ドルもの資金を生み出したのですから、単純に出口戦略として見れば上々と言えます。
もっとも、これらの取引がハッピーエンドをむかえることはありませんでした。取引を済ませてからしばらく経った2022年4月27日に、フィリピンの最高裁判所からSQAOが出たことにより、ユニバーサルエンターテインメントグループが進めようとしていた上場プランは先行き不透明なものになったためです。
こちらの記事では、フィリピンの最高裁判所からSQAOが出たあとオカダマニラの占拠事件に至った顛末をまとめています。
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【情報メモ】「オカダマニラ占拠」の経緯と変遷
いつもと同じように営業を続けていたリゾート施設の中枢に、徒党を組んだ集団が突如乗り込み、施設一帯を一気に占拠した――。まるで事情を知らない人が聞けば、漫画やドラマのワンシーンを思い浮かべそうな話ですが ...
また、当サイトではオカダマニラの占拠事件が起きた当初、「岡田和生グループの狙いはユニバーサルエンターテインメントグループの米国上場阻止にあるのではないか」と指摘していました。
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岡田和生グループは凶行に打って出なければならなかったのかもしれない
岡田和生氏の意向を受けたフィリピン人たちが、オカダマニラを力ずくで奪うといった大胆な行動に出てから、早1ヶ月。これまでのところ、引き続き岡田和生氏たちの目的や狙いについてははっきりとしませんが、動機と ...
26 Capitalのスポンサー株式は、そもそも市場で自由に売買できないモノですし、26 Capitalとユニバーサルエンターテインメントグループの合併手続きが完了しないと、(市場で自由に売買できる)クラスA株式に転換することもできません。そればかりか、もし仮に合併手続きが見送りとなれば、単なる紙くずになるものでもあります。
予期せぬ事態に、ジェイソン・エイダー氏が内心おののいたであろうことは想像に難くないでしょう。おそらく彼は、自身から第三者に譲渡したものが紙くずになるかもしれない、と危機感を持ったはずですから。2023年になって、彼のほうからユニバーサルエンターテインメントグループに対して「合併手続きを履行せよ」と訴訟に打って出たのも、こういったバックグラウンドと関係があるのではないでしょうか。
「強硬手段に出れば、ユニバーサルエンターテインメントグループは合併手続きを前に進めざるをえなくなるはず」。彼の頭にあったのは、こんなもくろみだったように見えなくもありません。
SPAC投資の可能性と限界を見極める DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文
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