遊技機メーカーとして知られるユニバーサルエンターテインメント社と、その創業者である岡田和生氏に関わる一連のトピックを追いかけております。 ​

ユニバーサルエンターテインメントの経営騒動に潜む闇

渦中のユニバーサルエンターテインメント

ユニバーサルエンターテインメントのキーマン・岡田知裕氏が父親と戦うなかで明かした「知られざる事実」

地方裁判所

岡田和生氏が息子の知裕氏を相手取ってはじめた訴訟のやりとりをたどっていくと、父親の株式が子供の名義になった発端や経緯は、次のような説明になっています。

岡田和生氏の説明要旨

  • 子供たちの名義になっている株式は、単に父親の株式が名義だけ変わったもの
  • 1989年ごろ、自分が所有していたユニバーサル販売株式会社の株式のうち、7500株を岡田知裕の名義に変えた
  • 1991年10月ごろには、自分が所有していた株式会社ユニバーサルの株式のうち、25000株を岡田知裕の名義に変えた
  • 株式の譲渡であればあるはずの、契約書や株価算定書、譲渡承認に関する取締役会議事録などの書類は一切存在しない
  • 2回の名義変更が、あくまで株主名簿上の形式的な名義変更にすぎなかったことは明らか
  • 当時は会社の株式を一般に公開するための準備を進めていた
  • ふたつの名義変更はいずれも、この株式公開を見越してやっていたこと
  • 当時やりとりしていた外部専門家のアドバイスだった
  • これらは、あくまで資本政策のための形式的な名義変更にすぎない
  • 子供たちの株はいわゆる「名義株」であり、これらの実質株主は岡田和生である


「ユニバーサル販売株式会社」「株式会社ユニバーサル」とは?


「株式会社ユニバーサル」は、もともと岡田和生氏が創業した会社。そして、その販売部門だけ分社化してできたのが「ユニバーサル販売株式会社」。両社はのちに合併し、さらにその5年後の1998年に開発部門とも一体化して、これが将来的に「株式会社ユニバーサルエンターテインメント」となった。ここでは、株式会社ユニバーサル、ユニバーサル販売株式会社ともシンプルに、「ユニバーサルエンターテインメントの前身にあたるもの」と理解してかまわない。

沿革|企業情報|株式会社ユニバーサルエンターテインメント
沿革

株式会社ユニバーサルエンターテインメントの沿革を紹介します。

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ちなみに厳密に言うと、岡田和生氏はこの訴訟で当初、まったく異なる主張をしていました。当初の説明内容まで知りたい方は、下記のリンクからご参照ください。

「岡田知裕名義の株式は自分のモノだ」と主張した岡田和生氏の当初の説明要旨 - ユニバーサルエンターテインメントの経営騒動に潜む闇
「岡田知裕名義の株式は自分のモノだ」と主張した岡田和生氏の当初の説明要旨

当初岡田和生氏が主張した内容の要旨 1995年3月末の時点で、岡田和生は自らが創業した株式会社ユニバーサル社の発行する株 ...

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岡田和生氏の言う「名義株」というのは、実際に資金を拠出した出資者とは異なる人間の名前を、株主名簿に記載していることを意味する言葉です。つまるところ氏は、自社の株式を一般に公開するにあたって、株主構成の体裁を整えるために、自分の持ち株を子供たちの名義に変えて、子供たちが実際の株主であるように見せかけていた、と主張しているのだと考えられます。




株式公開の当時から実態と異なる株主構成を明記し、何年にもわたってそのまま公表を続けていたとすれば、それは立派な金融商品取引法違反です。しかも、このケースの場合、岡田和生氏は、香港のオカダホールディングスの株主構成も長年偽ってきたことになります。ゆえにだからこそ、岡田和生氏はあえて「名義株」の件を最後の手段、奥の手として温存してきた、という見方もできなくはないでしょう。もし、この件が明るみになれば厄介ごとになるから、ずっと伏せていたのだと。

しかし、それはあくまでも、机上の空論です。

真相は、親子の直接対決となった訴訟において明らかになりました。知裕氏の陣営が、父親の主張に反論を重ねていくなかで、とっておきの書証を出したのです。

これこそ、「子供たちの名義になっていた株式は自分のものだ」とする岡田和生氏の主張が、たわごとにすぎないことを示す、もうひとつの根拠です。

息子が公にした書証――そこには株式をめぐる動かぬ事実

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